音を立てぬよう足下に気を配りなが

 音を立てぬよう足下に気を配りながら雑木の林を抜ける。滅多に人が通らないものと見え、小道に人の足跡が残っている。獣じみた五感を持つイザベラは臭いまで嗅ぎ取っているのかも知れない。

「良く分からないが、俺の役割はナーザレフの周りにいる連中をぶった斬ればいいんだな。」

 先を進んで行くイザベラの二歩後を付いて行きながら、ヒューゴが話し掛けた。

「ああ、そうだよ。今ナーザレフに付き従ってるのは、タンニルとシンドルという奴さ。二人ともそう大した奴じゃない。ヒューゴなら一二人一遍に相手しても楽勝だよ。」

「へえ、そうかい。ちょっと残念な気もするな。」

「油断は禁物だよ。ボーンの話だと、他に手強い奴がいるらしいから。」

「おっ、それは期待できそうだ。」

 とヒューゴは嬉しそうにした。その返事を聞いて、イザベラが不意に立ち止まった。

 振り返って、ヒューゴの顔をマジマジと見ている。ヒューゴはイザベラが立ち止まったので、自分も歩みを止めていた。

「何だよ、イザベラ。急に。」

 とヒューゴは怪訝そうな顔になっている。

「昔に比べて随分自信満々の雰囲気だけど、何か会得したものでも有るのかい。」

 とイザベラは挑発的な口調でヒューゴに尋ねた。

「いや、別に。ただクロノ原で自分の強さを実感したせいかな。そんなに自信満々に見えるのか。」

 イザベラの態度に戸惑ったのか、ヒューゴは不愉快げに見返した。

「強さを実感ねえ。・・・・・・そうすると、今ならハンベエにも勝てそうかい?」

 イザベラはヒューゴの視線に些かも怯む事無く、挑発的な言辞を続けた。

「ハンベエ・・・・・・か。」

 ヒューゴは真剣な顔付きになって腕を組んだ。つい今し方までの、何処かフザけたような雰囲気が雲散霧消して一種悽愴な空気を漂わせていた。「確かに、ハンベエは底が知れねえ。そればかりはやって見ねえと分からないな。」

 と真顔で答えた。

「アタシにも怖いもの知らずの時期が有った。でも油断してたのかねえ、ハンベエに危うく殺されるところだったよ。」

「ハンベエに?」

「敵だった時も有ったのさ。」

「へえ。で、どうやって免れたんだい。」

「免れたわけじゃないさ。ハンベエが殺そうと思えば殺せるのに殺さなかっただけだよ。気紛れだったのか。まあ、あの時の事を思うと今生きてるのが不思議な気がするよ。」

 言いながら、イザベラはクスリと笑った。

「ふーん・・・・・・。突然、何でそんな話を?」

 ヒューゴはあまり興味無さそうで、話を打ち切りたい口調である。これ以上喋らせて置くとイザベラがノロケじみた事を言い出すかも知れない。それを聞かされては敵わないと思ったらしい。

「ふっ、ヒューゴのイケイケな様子にふっと思い出したのさ。自分がどうしようも無い窮地に陥った頃の事をさ。何だか物凄い悪い予兆を感じてね。」

 イザベラは薄笑いを浮かべて言った。

「・・・・・・。らしくもねえ。嫌な事を言わないでくれ。」

 とヒューゴは苦い顔をした。急に不安になったのか、イザベラから少し離れ、腰の『ヤゲン・トウサン』を抜いてじっと見詰めた後、持ち具合を確かめるように二度、三度と振って鞘に戻した。ハンベエも思案に詰まると『ヨシミツ』を抜いて睨めっこをするが、事に及んで己の愛刀を確かめてしまうのは剣術使いの業であろう。

「行こうぜ。」

 と口元を引き締めてヒューゴがイザベラを促した。

 

 その日の夕刻、エレナ軍はドウマガ原東方二十キロの地点まで到達し街道で野営を敷いていた。エレナ軍はイザベラとヒューゴがボルマンスクに向かった直後からハンベエの指示で進軍速度を速め、一日で四十キロの行軍を行っていた。目指すボルマンスクまでは百二十キロ、進軍速度をそのまま保てば三日後にはボルマンスクに到達する計算になる。

 野営地における夕食準備の炊煙の中、珍しくエレナがハイジラを連れてハンベエの天幕を訪れていた。